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言葉が見つからない [謎]

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近所では木蓮の花が満開で、
桜も三分咲き、
春満開もすぐそこ
という矢先にこの寒さ。


年寄りは寒さに弱い。
特に雨が降る前には、古傷が痛む。


ということを学習しないわたしは、


「今日は寝ているときから
古傷が痛んで眠れない。
起きても痛い。
四六時中痛い。
いったいこれはどうしたことか」
と首を傾げ、


テレビのニュースで、
「明日は低気圧が接近して、全国的に雨でしょう」
というアナウンサーの言葉に、


あっ、それだ!


とようやく気付くありさま。





気圧の変化や、
急な天候の変化が近付くと、
もう二十年近くも前に骨折した個所が、
ジンジン痛み出すのだ。


だから、それを忘れないでいれば、


「今日は膝の脇が痛むから、
明日は、天気が崩れるでしょう」


といった具合に、
お天気婆さんになれるのに、
相変わらず、天気予報を耳にしてから、
ああ、そうだったのか
と納得している。


骨折した個所は、
膝のお皿の後ろにある、
何とかという(難しい名前で忘れた)小さな骨。
だから、病院に行っても、
骨折した証拠はあるのに、
なかなか骨折した個所が見つからなかった。


しかし、体重をかけると、
じゃりじゃりという感触がして、
いやでも骨が壊れているとわかり、
頭が冴えわたるほど痛みがひどかった。


なぜ、頭が冴えわたるのかというと、
身体全体が、非常事態だと武装して、
身体を守ろう、欠損個所を埋めようと、
細胞全体が奮い立つからなんだと思う。


そういう感じがした。


で、
完全に治って、走ることもできたのに、
いつ頃からか、変な時に前触れもなく痛むようになった。


それも、年に数回が、
今では、毎日といったほうが近い。


この痛みが言葉にしづらい。
どう説明しても説明しきれない。
どう表現しても、その痛みに届かない。


病院に行ってレントゲンを撮って、
外科医に診察してもらっても、
「たいしたことはありませんよ」
といわれる。


骨折したときの痛みとは違う。
昔、小学生の高学年のとき、ドーナツをつくっていて、
熱した油がはねて小指を火傷した。
水ぶくれができて、すごく痛かったが、
その痛みに似ている。


しかし、やけどは四六時中痛いが、
古傷は、四六時中痛いわけではない。
時々電流が流れるように痛んだり、
切り傷のようにジンジンと痛んだりして、
もう我慢ができないと思う頃、
ふいに消える。


連れ合いは、
「そういうのは気のせいだから、
痛くないと思えば痛くないんだ。」


というが、
痛くない、痛くないと、気を散らせても痛い。
ただ、何かに夢中になると、
確かに痛みを忘れることもある。
本当に我慢できない痛みが5分以上続くこともない。
痛くても深刻ではないのだ。
とにかく変な痛みなのだ。


『痛み測定器』
があったらいいのに、と思うことしばし。


それが発明出来たらノーベル賞だよ。



痛みについて書いていて気が付いた。



もっと厄介な測定不能な痛みがある。


「心の痛み」だ。



「心の痛み」にくらべたら、
古傷の痛みなんて、
ほんと、
どうでもいいって感じ
かな。



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